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ミツバチと共に90年――

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第8回 蜂蜜エッセイ応募作品

記憶の味

光子

 

 今年も知人から恒例のプレゼントが届いた。箱を開けると鮮やかなオレンジ色が目に飛び込んで来る。一瞬で部屋の中が明るくなった。冬の訪れを知らせてくれる蜜柑だ。さっそく私は蜜柑の蜂蜜漬け作りにとりかかる。
 ふと、昔の記憶が甦る。少食、偏食だった私は体力が無く、冬になると必ず風邪をひき熱を出した。ある冬から母は私のために蜜柑の蜂蜜漬けを作るようになった。風邪気味の時お湯を注いで飲むと身体がぽかぽかし、熟睡できる。翌朝には風邪は吹き飛んでいた。この習慣が数年続いた。
 蜂蜜と蜜柑の相乗効果のお陰で私はいつの間にか風邪と無縁になっていた。母はこの蜂蜜漬けを口にする事は無かったし、風邪気味の時にしかお目にかかれない理由は後でわかった。母一人子一人の我が家にとって蜂蜜はとても高価な物だったから。
 月日が流れ私は二人の息子の母になり、暫くご縁のなかった蜜柑の蜂蜜漬けが再び活躍するようになった。料理本には沢山の種類のレシピが載っている。いろいろ試してみたが私にはやはり、母の味が一番しっくりくる。冬になるとこれを大量に作る事がいつからか恒例なった。出来上がったら、いの一番に母の元に届ける。まるで貴重な宝物を扱うように両手で大事そうに受け取る母。「母さんのお陰で私は元気な身体になれたよ。」照れ臭いから心の中でしか御礼が言えない。ご近所さんや友人達にも届ける。皆の笑顔に囲まれ私はとても幸せな気持ちになれる。
 女手一つで私を育て、常にパワフルだった母が認知症になったのは数年前の事。一生懸命支えあって生きてきた私の事も忘れてしまった。悲しかった。冬のある日、風邪気味の母に蜜柑の蜂蜜漬けを届けた。最初見た時は怪訝そうな表情をし手を付けようとしなかったのだが、蜜柑と蜂蜜の甘い香りの誘惑に負けたのか口に運んでくれた。母の表情が和らぐ。暫く美味しそうに口に運んでいたが手を止め母は言った。「うちの子は直ぐ風邪ひくけん、冬はこれが必需品なんよ。そろそろ作る準備をせんといかん。」その言葉を聞いた時、胸が熱くなった。母は私を忘れていない。私との思い出はちゃんと母の中で生きている。蜂蜜の瓶が涙で揺らいで見えた。
 去年母は亡くなった。「母さん今年も蜂蜜漬け上手に出来たよ。」写真の母に報告する。

 

(完)

 

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